2019-04-14 | ブログ
『給食の歴史』藤原辰史、岩波新書、2018年を読みました。
学校給食は、誰でも経験しています。あえて、その歴史?そんなこと考えたこともありませんでした。
私が小学校の時は自校式でしたので、2限目、3限目とだんだんいい香りが漂ってきて、4限目にはピークになり、給食の時間には温かい給食を美味しくいただいていました。中学校になると給食センターから運ばれてくるようになり、給食の時間までの気持ちの盛り上がりは激減したものの、センターから届くとあたりに広がる香りは楽しみでした。
今まで、給食はいつから始まったのか?などということは、全く気にならず、(公立)小学校・中学校にはあるものだと思っていました。
言われてみれば…。歴史はあるものですよね。
この著者は、農業史を研究していらっしゃる方でした。他にも興味深いご本をお書きになっていらして、今度読んでみたい!というものがたくさんありました。
例えば…
(出版社のコメントを読んで、興味津々です)
給食の始まりは…
給食=学校給食だと思っていましたが、実は、「食事の時間を挟んで関係者が滞在する必要のある施設、例えば工場、病院、学校で、まとまった量の食を配分して集団で食べる事、またはその食べもののこと(p6)」だそうです。
そして給食のメニューは選べず、代金も一括払い。特徴は「強制」であり、選択の少なさだと定義されています。
(メニューを少ない中でも選べる社員食堂は給食ではないのですよね?)
日本の場合、工場給食は1873年に世界遺産にもなった「富岡製糸工場」、病院給食は1902年に聖路加病院から始まりました。
学校給食は、1889年、山形県鶴岡町(現在の鶴岡市)の忠愛小学校で始まったとされています。
学校給食が始まった理由は、「国家がスポンサーになり、読み書きそろばんを教えるのみならず、身体を鍛錬し、将来を担う労働者や兵士を合理的に創出する義務教育制度が普及して、これまで学校に通えなかった子弟が学校に通わなくてはならなくなる。しかし、貧困家庭には経費を支払う財力がない…(p12)」そして、子どもたちの栄養不足を補い、成長させるためだった、ということでした。
これは、世界の各地でも同様で、19世紀後半から始まり、特に第一次世界大戦後に子ども達の栄養状態が悪化する中で広がっていったとのことでした。
さらに、給食のシステムは災害時にも対応できるように設計されていました。戦中には空襲時における炊飯所への転用もできるとされ、給食が普及していったとのことです。
この後、学校給食の萌芽期(明治~戦中)、占領期、発展期、行革期と続いていきます。
様々なエピソードを持つ学校給食ですが、みんなが平等に同じ食べ物を、同じ空間で食べるという行為は民主主義を体感する行為ということができること、貧困家庭の子どもの食のセーフティネットになっていることなどは、栄養士、職員、保護者、教師(新聞記者も)など子どもに接する大人たちの努力で守られてきたものだったのです。
まだまだ必要な食のセーフティネット
SDGs2030(国連が2030年までに達成するべきとした17の目標)には、誰一人取り残さない!という決意のような目標があります。
日本でも平成22年の「国民生活基礎調査」で相対的貧困率は全体で16.0%、子どもで15.7%となっています。これはOECD加盟国30か国中27位という高い(よろしくない方)水準で、特に子どもがいつ現役世帯のうち大人が一人いる世帯(ひとり親家庭)の相対貧困率が加盟国中最も高くなっています。
の給食メニューには?子ども食堂も各地で実施されていますが、給食は毎日、義務教育を受けていれば必ず提供される、大切な食のセーフティネットなのだと痛感しました。
今の給食メニューは?
もちろん、食を楽しむ、食で地元を知ることも必要です。今では地産地消で地元の産品を使ったメニューや地元の伝統食を反映させたメニューもあるそうです。
お仕事で、小学校、中学校で一日学校にいたときに、給食をいただいたことがあります。見た目は「これで足りるかな?」と思ったのですが、美味しくいただき、食べ終わるとお腹いっぱいになったことが印象的でした。ランチルームでいただいたこともありました。私の小学生のころとはずいぶん変わったなぁと時代の移り変わりを思ったことがありました。(ランチルームがあること自体、素敵です)
印象的な文章がありました
この本の中で、納得したといいますか、そういうことだったのか…とスッキリしたことがあります。それは、「贈与と自発性との共存」という言葉でした。
ここに引用しますと、「モースの『贈与論』にあるように、贈与品には必ず『お返ししなくては』という思いを発生させる力が宿っている・『受け取ることには危険が伴うものである。物が与えられると、それだけで贈与者と受贈者との間に取り消しのきかない双方的な絆ができる。これは、物が食物の場合に特に顕著である』(p259)」というところです。
この2年、小学校6年生に租税教室をさせていただいています。最後に、感想を書いてもらうのですが「自分達のために税金が使われていると知って、給食は残さないように食べるようにする」「教科書を大切に使う」「学校で節電、節水を心掛ける」などの感想がたくさん出てきます。さらには、「大人になったらちゃんと働いて税金をしっかりと納めたい」「お返ししたい」というようなことまで書いてくれる子どもがいます。(こんな素敵な感想をほとんどの子が書いてくれます)
さらには、「大人になったら、ちゃんと働いて税金をしっかりと納めたい」「お返ししたい」というようなことまで書いてくれる子どもがいます。(私の感覚では1割くらいの子が書いてくれます)
大人だったら、「税金を払っているんだから当然」などの答えが返ってきそうなのですが、子どもたちは、感謝の言葉ばかりなのです。
なぜ、この子たちはこんな素敵な感想をもつのだろうか?と不思議でした。
この本のお陰で、やっと理解できました。子どもたちは素直に給食を贈与品と受け取ってくれて、取り消しのきかない絆を感じ、贈与品に宿っている「お返ししたい」という気持ちになってくれたのです。
給食だけでなく、義務教育も、税金の使途を決める国や自治体、納税者としての保護者、地域から子どもたちへの贈与として考えると、税金を払うこともいいなぁと思えました。
~租税教室のプログラム~
講座のはじめに、4択のクイズをします。
・給食費、みんなも払っているけれど、市も税金から払っています。さていくらでしょう?
・小学生一人当たりに、1年間で使われている税金はいくらでしょう?
・みんなが住んでいるこの市は一年間にいくら使っているでしょう?
この3問です。
ここから、税金の使い道を考えたり、ぞもぞも税金は何のためにあるのか?どのように使えばその目的を達成できるのか?ということを考えていきます。
最後に、感想を書いてもらいます。
給食かぁ。懐かしいなぁと思って読み始めましたが、読み進むうちに深い事情がたくさんあり、先輩方の勇気と努力で今の給食があることを知りました。
食べる事は、人間の大切な営み。大人は子どもに何をしてあげればいいのかということも考えさせられました。