ソーシャル・アクティ まちづくり&組織の活性化・ファシリテーション

社会が、一人ひとりが、生き生きと生活できる社会の実現をめざしています。

ブログ・お知らせ
2014年 9月

やっぱり、ゲームよりLEGO!ですね

2014-09-28 | ブログ

デンパーク2

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愛知県安城市にある「デンパーク」に行ってきました。

デンパークは安城市が「日本のデンマーク」と呼ばれていたことから名づけられました。そのご縁でデンパークの竣工に合わせてデンマークのコリング市と姉妹都市となったそうです。

いつも美しい花が植えられており、手入れも行き届いている、とても気持ちのよいスポットです。http://denpark.jp/outline.html

 

いつもは平日に行くのですが、久しぶりに休日に訪れました。平日は閑散としている、というよりも誰もいない「LEGO」が置いてあるスペースにたくさんの子ども達が遊んでいました。初めて遭遇した場面でしたのでご紹介します。

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デンパーク6

 

LEGOの魅力?!

「花の温室」内にあり、ギフトショップの家々が並ぶ中の一軒がすべてLEGOのスペースになっています。お部屋は3つあり、各部屋にLEGOが置いてあり、自由に遊ぶことができます。

この日は、写真のように3つの部屋は子どもたちでいっぱいでした。

3歳くらいから小学校低学年くらいの20人近くが遊んでいました。大きいサイズのブロックでしたので小さい子が多かったのかもしれません。

1時間以上、夢中で遊んでいる子も多かったようです。みんなゲーム機に触ることなく、車をつくってその車で遊んだり、知らない子に話しかけたり、一緒に作り始めたりと、LEGOを介して同じ空間にいる仲間のような雰囲気の中で遊んでいました。ばらばらのようでいて、一体感もあるような雰囲気でした。

子ども達をみていると、LEGOは自分の頭と手を使って形を創っていくは当然ですが、自主的な行動であり、想像し、発見し、気づくことなどがふんだんにある体験なのだと改めて思いました。また、その行動の中にいるのは、同じ空間を共有し、同じことをしている仲間であったり、時にはステキな組み立て方を見て刺激を受けるライバルであったり、協働するパートナーになったりする人達です。

年齢の異なる子ども達がこのような関係性の中で遊ぶ、というのはこのごろ見かけないような気がします。

とても大切な体験ができる空間なのかもしれません。

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壁にもLEGOをくっつけて遊ぶことができます。気がついた子どもは挑戦するのですが、難易度は高いようです。

さらに、観察をしていると、お父さんは一緒に、というよりも自分の世界に入って自分の作品を創っていました。そして、自分の子どもに作品を見せ、自慢している(?)光景がちらほらありました。

大人にも魅力的なのですね。

親子で(ちょっと本気で)一緒に遊べるという意味でも、貴重な空間のようです。

この空間、想像力を育てること、考察力を培うこと意外にも、効果があるような気がします。

 

異世代で楽しめるということは?

異世代が一緒になって、(子どもを遊ばせるという感覚ではなく)大人も子どもも真剣に取り組める、このような空間や時間が地域内で持てるとしたら、どうなるのでしょう?

一緒に作業した、一緒になって遊んだ、発見した・・・その時、大人も真剣だった。

このような体験が子どもたちだけではなく、大人にとっても思い出の場所となるのではないでしょうか?そこを通るたびに、「ここで、あんなことしたな」「あのとき、あの人がこんなことしてくれたな」と画像と物語で思い出すのでは?と思います。

異世代で真剣に取り組んだことは、心の深くまで浸透していく楽しい思い出になるです。その思い出が子どもたちを「あの場所に帰りたい」「自分の子どもにもあの体験をしてほしい」「あそこで子どもを育てたい」という気持ちにさせるようです。

延藤

 

コーポラティブハウスの20年後を追跡調査した延藤安弘先生の『マンションをふるさとにした ユーコート物語』で、そのことが検証されています。

住民のみんなで、大人も子どもも協力して共有空間を整備していったユーコートでした。その20年後は、普通なら子ども達はそれぞれの進路によって家族もコミュニティもバラバラに住んでいる、という姿が想像できます。

ところが、ユーコートでは、一旦外に出た子ども達が、そのマンションに戻ってきているのです。マンションに入れない人は、周辺のマンションに住むという選択をしています。

これは、子どもの頃の楽しい体験を「自分の子ども達にも味あわせてあげたい」「あの時のような環境の中で育てたい」という親になってからの想いがそうさせているのです。

 

子どもの頃のコミュニティの中で育まれたという体験がどれほど心に深くしみ込んでいたのか、ということかもしれません。

子どもを遊ばせる、ではなく「大人も真剣に向き合う」ことが子どもにとって重要な体験であるということだと思います。子どもは敏感で大人をとてもよく観察しています。この大人は教えようとしているのか、本当に楽しんでいるのか、など、大人のスタンスをしっかりと理解して、適切な対応をします。大人が真剣にとり組んでいることが分かると、子どももそのように対応します。

子どもと大人が、お互いに協力して何かをするということが、まちづくりの基本なのかもしれません。

 

社会貢献は健康に生きる秘訣?

2014-09-17 | ブログ

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先日、名古屋市の東山動物園に行ってきました。もう何十年ぶり?でした。

 

そこで行われていたのが、東山動植物園の基本計画の実行にあたり、市民とともに情報を共有しましょうというイベント「東山再生フォーラム」でした。

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今回は中部大学教授の武田邦彦先生の講演会で、テーマは「自然と接する幸福な生活」でした。

とても楽しく、飽きさせないお話であっという間の90分でしたが、その中で一番心に響いたことが、今回のタイトル「社会貢献して健康に生きる」ということでした。感想も交えてご紹介します。

 

動物だって社会貢献するほうが長生き

先生のお話の中での例え話です。一夫多妻の動物がいて、オス10匹、メス10匹ずついるとします。オスはその中の1匹がオス同士の抗争のなかで勝ち残りボスオスとなります。その他9匹のオスははぐれオスとなり、群れから離れます。

ボスオスは10匹のメスやその自分の子達を守るために闘ったり、食料を得たりしなくてはいけません。その負担ははぐれオスの比ではありません。となると、気ままに生きているはぐれオスのほうが寿命が長いのではないか?と思いますよね。

ところが、実際はボスオスのほうが寿命が長いという研究結果があるのだそうです。自分の役割があり、社会に貢献するほうが健康に長く生きられると。

ということは、社会的な動物であるといわれる人間はいわずもがな、ということになります。

さる

種の保存という役割

もうひとつ、おおよそ生物は種の保存が最大の使命、役割であるということは小学校の理科で習いました。

種として継続していくためには、子孫に遺伝子を引き継いでいかなくてはなりません。

ということは、個体としてだけではなく、社会として子どもを大切にしていかなくては種は継続していかない、種が途絶えてしまうということになります。

どんな生物でも、子ども、子孫を守ることが最大の使命なのですね。

子どもは社会の宝、人類の希望(切なる願いなのかもしれません)なのですね。

 

社会貢献と種の保存

となってくると、人間の社会も、もちろん種の保存=子どもを守り育てる、ことをしていかなくては、人間という種そのものの存続が危ういということになります。

北欧では、子どもが生まれるとその子どもが無事に育ち、一人前になって社会に出られるようになるまで国が税金でもって面倒をみてくれます。

赤ちゃんが生まれると、ベビー用品が贈られてきたり、子どもの学費は無料であったり、両親揃っていなくてもちゃんと暮らせるように社会保障が充実していたりします。全て税金や企業の社会保険料などの負担で賄われています。そして親の貧富の差によって子どもに学力の差がでないように、落ちこぼれとならないようにわかるまで教えるということもしています。

これは、国が子どもは国の宝として育てる!という決意の表れと言ってもよいのではないでしょうか?子育てを種の保存行為として考えれば、社会で面倒をみるというのは、自然界では当然のことなのですね。そして少数のボスオスではなく、はぐれオスにもちゃんと役割があり、みんなが幸せに生きていけるようにしているともいえるかもしれません。

 

とすると、次の世代にどのような社会を残すのか、そのために今を生きている大人は何ができるのか、が社会貢献と言えるのかもしれません。

そのための自分なりの役割を果たすことが、人として生まれた意義であり、生きる意味なのではないかと思いました。

社会貢献をするというのは、自分に与えられた役割を果たす、自分にできることを社会に還元することで、次の世代、次々の世代へ遺伝子を受け継いでいくための場をつくっていくということなのかもしれません。それは、人間として、というよりも命ある物(あえて者ではなく)として当然のことだったのです。

 

自分をふりかえってみると、何が社会のためにできるのか、どんな社会を自分の(人間の)遺伝子を引き継いでくれる子ども達に引き継ぐことができるのか、それは私の今の行動で叶うのか?これからの方向性はどうか?をもう一度、自分自身に問わなくては!と思いました。

 

大きな話題となってしまいましたが、武田先生の講演をうかがって気づいたことでした。

こんな大きな問いに気づいたのは、自然という体感できないほど大きくて、何万年、何億年という時間軸の視点から見るということを教えてくださった講演のお陰です。

感謝です。

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追記

この写真、象がここにいるように見えませんか?

実は、左は鼻、右は分かりづらいのですがお尻の部分が壁からはみ出ている部分です。画とレリーフが組み合わさっているのですが(トリックアートみたいです)、写真にしてみて、臨場感にビックリしました。

東山動物園の象舎は、ゾウラシアという名前がついて、象のふるさとであるスリランカムードが満載でした。これは象を贈るスリランカからの要望でもあったそうです。象の檻も檻らしくないオープンな檻でした。明るくて清潔でした。より自然に近いといっても良いのかもしれません。

再生プランで少しずつリニューアルしている東山動植物園。昨年行った、旭山動物園とは違う魅力ですが、楽しくなっていました。今度はゆっくりと園内を見て回りたいと思いました。

 

 

 

 

 

文化財散策(北海道 神居古潭)

2014-09-12 | ブログ

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北海道に行くと、「開拓」という言葉が空気の中から伝わってくるような気がします。

広い原野にまっすぐな道、開拓時代を彷彿とさせる木造の建物・・・先人の方々のご苦労が空気の中に漂っているのでしょうか。

ただ、それは先住民族を迫害するという歴史でもあったのでしょう。北海道の地名には、(たぶん)アイヌ語の音を漢字にしたようなものや「新」という接頭語の付いた地名(例えば新広島)からも伺えます。アメリカ合衆国にnewがつく地名が多いことにも通じるのでしょうか。

各国の開拓と先住民族の関係や現在の状況などについては、愛知県にある民族博物館リトルワールドで開催しているリトルワールドカレッジで学んでいたときに知りました。もちろん、アイヌについても。このときもたくさんの気づきがありましたが、これは後日、ということにしますね。

今回は、先日訪れた中に旭川市の文化遺産に登録されている「神居古潭」についてご紹介します。

 

神居古潭とは

神居古潭にある看板(旭川教育委員会)によりますと

「舟が唯一の交通手段だった時代、両岸から奇岩怪石が迫る激流のこの地は、神(カムイ)に祈りを捧げて通らなければならない所でした。アイヌ民族にとっては、大地も水も火も動植物もすべてが神様を宿す存在でしたが、通行人を苦しめる難所だったことから、ここでのカムイは魔神(ニッネ・カムイ nitne-kamuy)を意味するという説も有力です。」

とありました。

雄大な流れというイメージがある石狩川ですが、ここは川幅が狭くとても深そうな所でした。

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車を止めて、つり橋を渡っていくと、急に登山道のような階段があり、少し開けたところに旭川市の指定有形文化財である「神居古潭駅舎」がありました。

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駅舎とプラットホームが残っておりました。レールが引かれていたところはサイクリングロードになっていましたが、蒸気機関車が走っていたことをイメージできました。

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この神居古潭駅からみる石狩川は、大きな岩が両岸にそびえたち、難所であることが想像できる景色でした。ただ、難所であることは、見える景色に変化があり名所・景勝地と言われる場所になります。駅から川を撮影しようとすると、草が邪魔をしてうまく撮れません。それだけ急峻な所でした。

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この駅の思い出を語る

この駅でご高齢の男性に出会いました。どちらからともなく話しかけたのですが、お話をしているうちに、語り部というのはとても大切で当時の状況を知る上で必要な存在なのだということを改めて思いました。

その男性との会話では・・・

その方は、60年ぶりにこの場所を訪れたそうです。その駅の思い出を少し教えてくださいました。

写真では、看板にあった「奇岩怪石」というのは分かりづらいと思いますが、以前は、もっと大きな岩が川に突き出していたそうです。その岩のお陰で、大雨が降ると駅舎のあった場所まで増水したということでした。そこで、その大きな岩を粉砕してしまったとのことでした。

神様を爆破してしまったのでしょうか。魔神をやっつけたのでしょうか?その時代はいつごろで、アイヌの方々はどう思ったのか?などなどいろいろなことが浮かんできました。

が、その方に聞くことなく、次の話題に移ってしまいました。残念。聴き手の想像力が不足していたので、そのときに聞けなかったのですね。

その他には、このあたり一帯の名家である○○家が駅舎の隣にあったとか、駅舎は増水を避けるために一段上に建て替えられたとか、展示してある蒸気機関車が走っていたころのお話を伺いました。

何気なく訪れたみた場所でしたが、その方のお陰でその土地の歴史やそこに暮らした人々の営みを知ることができました。ただ見るだけよりも深く心を寄せる場所となりました。その方のお名前はうかがっていませんが、感謝しています。

 

追記

沼田町から旭川へ行く途中で「神居古潭」という標識を左折したのですが、その地名がとても気になって帰り道に寄ってみました。ただ、川と遊歩道のようなものは運転しながらも見えるのに、どうやってそこへ行くのかわかりませんでした。ちょうど近くにいた方に聞いてみたのですが、観光地として有名ではなかったようで、たぶん、あの信号を入っていけば何か見つかるはず・・・と言われ、「落石注意」の標識がある道を進んでたどりつきました。信号から数分のところでしたが、その標識のお陰でドキドキしながら「たどり着いた」というのがぴったりの、小さな冒険をした気分でした。

 

 

若者がIターンするワケ

2014-09-08 | ブログ

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島根県隠岐の島の海士町、北海道雨竜郡の沼田町

この2つの町にIターンした若者にお話を聞く機会がありました。

その中で感じたことをご報告します。

 

海士町へ移住!

『僕たちは島で、未来を見ることにした』を出版した株式会社巡りの輪、阿部さんと信岡さん。先日の立教大学でのODNJの年次大会では、阿部さんのセッション「小さな島で目指す、世界一の『ド田舎』モデルとその波及装置としての大学づくり」に参加しました。セッションの後、阿部さんにトヨタ自動車を辞めて移住した理由を尋ねると

「トヨタにはいない、違う魅力をもった人がたくさんいたからです。」とおっしゃっていました。もちろん、自動車業界のリーディング企業であるトヨタ自動車さんには、魅力をもった方はたくさんいます。ただ、暮らし方、住んでいる土地に基礎とした考え方が違っていて、島の方々のほうに魅力を感じたということだと思います。

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信岡さんは著書の中で、東京で働いているときに「僕は何をしているのだろう?僕の仕事は世の中の役に立っているのだろうか?」というような疑問が湧き、自己実現を実感できる場所を探していたとあります。

今、お二人は、島で食べていく、島で雇用を創るとことを目標に日々、楽しみながら努力されているように見えました。

 

沼田町で生きていく!

沼田町一方、沼田町に2~3年前に「地域おこし協力隊」として来た黒田さん。地域おこし協力隊として活動する中で、土日にカフェを開いてイベントや観光案内所をしていました。契約の2年が過ぎると・・・

なんと、そのまま「農民カフェ」のママになってしまいました。

この黒田さんに移住のワケを聞いてみると・・・

「東京での生活に限界を感じていたから。」でした。この「限界」とは黒田さんは成長の限界、大都市の限界というものからくる生きにくさのようなことをおっしゃっていました。そして、沼田の人といることが楽しい、と。

もう一人、2013年、2014年の8月1カ月限定のカフェを沼田町で開いている細根さんという女性を紹介していただきました。細根さんは、地域おこしが趣味という社長とともに来訪し、沼田町をもっとよく知るためには住みこまなくちゃ!と1カ月限定でカフェを開いているそうです。

また、ここでもその理由を聞いてみると・・・

「沼田町の人が大好き。みなさん、とってもあったかくていい方なんです。」この沼田町を、沼田に住む人を日本に、世界に紹介したい、とおっしゃっています。現に、ご自分のお仕事の知り合いや友人を沼田町へ誘って、人と人をつなげています。

(彼女のお姉さまが創った沼田町関連のHP、沼田町への愛が伝わってきます。http://www.hanaguma.info/numata/ )

 

街場の共同体論

街場の共同体論共同体論から

この3つのインタビューから浮かぶことは、内田樹『街場の共同体論』に書かれていたことでした。

第7講 弟子という生き方に・・・

これからは、従来のキャリアパスを一直線に走ることにはためらいがあり、どうすれば幸せに生きていけるのかを真剣に(特に若い女子は)考えているのではないか。そして、その幸せに生きるモデル=先導者を探している。その先導者は「ラッキーな運のいい人」で、いつでも機嫌のいい人、なにごとも楽観的に眺められる人である。これからの時代は先が見えず、不透明で、従来のモデルが幸せをもたらすとは信じにくい世の中になっている。そんなときには運がいい人についていけば助かるのではないだろうかと運のいい人について行くというカンが働いているのではないか。それは、日本人が忘れているものだろう。

というような趣旨でした。そして、その運のいい先導者を見つけるために直観が働くように感度を上げて、直観を大切にできるようになっていなくては、ついて行く人を間違えてしまうのでしょう。

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Iターンのワケ

縁もゆかりもなかった土地へIターンするワケは、ここなのではないかと思いました。

いつでも機嫌よく、自分の仕事に誇りを持って、その土地や暮らし方を愛し、そのベースには土地の歴史を基準にした長い時間軸がある・・・

阿部さんのいう「ド田舎」にはそういう人がたくさんいる!話してみるととっても深い話しがバンバン出てくる!その土地に誇りを持って生きている人達にふれたら、「この人達について行こう!」と思ったのかもしれません。

Iターンには、その土地に惹かれて、というよりも、その土地に暮らす人々に惹かれて、そして、ここにいていいんだという居場所ができるということが重要なポイントなのだと思いました。

そんな自分の生まれた土地(地域)に誇りをもって、前向きに生きている人達が若者を惹きつけるのですね。

AI手法の根底にあるものは?

2014-09-04 | ブログ

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8月30日、31日に立教大学で行われたODNJ(Organization Development Netwark Japan 組織開発ネットワーク 日本)の年次大会に参加しました。

今回は、AI(Appreciative Inquiry 前向きな質問 エーアイと呼んでいます)という手法を考案し、実践しているダイアナ・ホイットニー博士が来日するといううれしい催しでした。

AIは、私にとっては親しみやすい、手ごたえを感じる市民参加の方法です。ホールシステム・アプローチというある課題に関係する全ての利害関係者が集まり、対話によって解決していくという方法の一つです。このごろ大流行のワールドカフェやOSTなどもこのホールシステム・アプローチの手法です。

AIはいろいろな組織=会社や都市で活用され、成功しています。カナダのバンクーバーでも都市計画を考えるときにAI手法を使ってグレーターバンクーバーをどうしていくのかについて策定しました。この手法のステキなところは、策定後、参加した市民が、そのときの約束を自主的に実行しているところです。バンクーバーの観光案内のNPOを立ち上げたりしている様子がバンクーバーのホームページにも紹介されています。

策定後、画に書いた餅にならない計画はどうしてできたのか?その秘訣を探るのが目的でした。

 

AIの考え方の根底にあったもの

ホイットニー博士の2コマのレクチャーをふりかえってやっと分かってきました。博士もおっしゃっていましたが、社会学でいう「社会構成主義」の考え方の上に構築された手法だったのです。

「社会構成主義」は、たぶん「意味というものは全て、関係性から生まれる。関係性は人と人が創るもので、コミュニケーション、学習、コラボレーション、結果などと呼ばれる事もある。ここに言葉が媒介している。これらの言葉、言葉をつなぐことが意味を創り、世界を創っていく。」というような意味なのではないかと思います。この人間の世界は全て、言葉(たぶん態度も言葉に入るのではないかと思います)によって創られている(?)

ということで、この重要な言葉をどのようにつないでいくのかが世界(組織)の在り方を決めていく ということになります。

ここから辿っていくと、言葉によって言葉の意味を探求していく「対話」が大切になってきます。批判なく、前向きに言葉を探求していくことは、前向きな世界ができていきます。逆であれば、逆の世界に・・・

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ファシリテーターがすることは

前向きな問いかけをすることが、前向きな世界を創っていく、となります。

ということで、ファシリテーターの前向きな問いかけがAIの重要なポイントになってきます。

もちろん、ネガティブなことはたくさんありますし、いつもポジティブではいられません。でもポジティブに受け止められるように考え方をコントロール、というとあまり良い感じはしませんが、自分の中で良いところに目を向けているようにしているとだんだんと自然にポジティブになってきます。

普段からポジティブに考える思考回路をつくることが前向きな問いかけを考えるトレーニングになるのかもしれません。それは、博士のレクチャーではFLIP(めくる、裏返す)すると言っていました。ファシリテーションや心理学ではリフレーミング(事実に関する意味付けを変える、捉えなおす)と言います。

 

ネガティブなことをリフレーミングして意味を変え、ポジティブにする、これがさらっとできるようになるとAIのファシリテーターとして成功へ一歩近づくことができそうです。そこに確信をもてた貴重な機会でした。

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付録

立教大学、初めて行きました。歴史を感じるたたずまいで、落ち着いた雰囲気でした。女子学生が多いのだろうなと思いました。大学によくある張り紙なんて一枚もありません。

古いものを大切に使い続けているなぁというのが伝わってきました。キャンパス内をガイド付きで案内してもらっているグループがありました。一緒について行きたかった・・・


 
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