2021-03-17 | ブログ
整備中の公園で市民協働で行う社会実験を行いました。
市民ワークショップから発生した社会実験の試みです。
昨年の12月から話し合いがは始まりました。
そして、月に1回の話し合いから頻度が上がっていき…
3月12日、13日の2日間イベントを行いました。
話し合いが進むにつれて話し合いに参加する市民も徐々に増えていきました。
参加した市民のみなさんの巻き込み力も素晴らしかった!
その話し合いの進行をお手伝いさせていただきました。
イベントは…
公園の一角に花壇をつくり、そこに種を撒いたり花を植えたりするというものです。
先行して大学の研究室が関わってくださった市民農園があり、そこを利用している保育園も参加してくれました。
せっかく参加してくれる子どもたちが楽しんで種を撒くには?
コロナ対応はどうする?
花を植えるデザインは?
などなど、いろいろなことを話し合いました。
イベントだけでなく、花や種に必須の水遣りもみんなで考えるという素晴らしいみなさんです!
自分ごととして捉え、積極的に〇曜日なら水遣りにいけるよ。土日のどちらかならいけるよ。など、面倒なことも積極的に引き受けてくださっています。
みんなで植えたお花です。3種類の花を自分でデザインして植えました。
企画のプロセスは…
全部で13回の話し合いが行われました。
時節柄、リアルで参加できる方、オンラインで参加される方とハイブリッドで行いました。
少しずつ、オンラインの方も増えたので、ファシリテーターだけがオンラインということがなくなり、心強く進めることができました。
やっぱりオンライン参加は複数でないと!
話し合いのプロセスは、5段階となりました。
1.始めは、目的は何か?どんな規模の社会実験をするのか?について話し合いました。
(この時期の話し合いは前に進まず、ぐるぐる迷走状態だったような気がします)
2.次は、新しいメンバーが加わって、リーダーが決まり、日程ややることが決まっていきました。
(リーダーと研究室が支えあって企画書を作成してくれたことが大きく進んだ要因だと思います)
3.こうしたらもっと楽しんでもらえるのでは?こんなことできるよとアイデアや、自分のできることを持ち寄って楽しい企画が加わっていきました。
(ぐんぐんコトが進む時期なのだと思いました)
4.そして、イベントの日にちが近づいてくると、ラストスパート!
きめなく決めなくてはいけないこと、当日のシミュレーションなど事務的な内容を詰めていきました。
(チームとしてまとまっていくという実感が持てる時期でした)
5.当日!
みんなが自主的に参加者が楽しんでくれるように行動をしていました。
(もう、立派にチーム!でした)
成功のポイントは…
ファシリテーターは
はじめは、本当にできるのか?とちょっと不安もありましたが、ファシリテーターが疑いを持ってはいけない!ですよね。
無事にイベントが成功した(完了!)というイメージと覚悟を持って進めました。
チームメンバーは
みなさんが前向きに「やる!」ことを前提に参加してくださったこと。
ご自分のできること(ノウハウや物品、コネクションなど)を積極的に出してくださったこと
公園管理の企業さんが積極的に関与してくださったこと
大学生、大学院生、そして、研究室の先生が推進力になってくださったこと
そして、なにより、みなさんが楽しんで参加してくださったことが大きいと思います。
さらに、
中間で支援してくださる組織の方が、参加される方々への連絡やハイブリッドの場の設定など、細かなところまで支えてくださいました。
ありがとうございました。
市役所の方も、場を貸してくださったり、使用許可など行政の手続きをしてくださいました。
市民と企業・社会福祉法人、行政、中間支援組織などが本当の意味で協働をしたなぁと思います。
規模は小さいイベントでしたが、内容は本当に大きな意義を持った社会実験となりました。
企画側で参加してくださったみなさま、参加者として参加してくださったみなさまのお力です!
感謝しております。
本当にありがとうございました。
ファシリテーターとしても、とても楽しい社会実験でした。
この頃、このパターンでやればよい!というお題は減って、手探りで進めていくということが増えてきました。
参加している方々と一緒に手探りで進むと、チームビルディングにもなり、決定事項には納得感がありました。
協働をすすめていく時代が来た!と思いました。
2021-02-28 | ブログ
Actions are more important than words という言葉があります。これを実感しています。
公園を市民が運営していくことを目指して、ルールや運営づくりに反映させていこうと社会実験を行うことになりました。
まだ、企画の途中ですが…
だんだんと煮詰まってきて、関わっている方々の雰囲気がとても前向きになってきました。(ノッてきた!というか、みなさんの本領発揮!を感じます)
そして、チームビルディングができてきたという実感があります。
すると、先日行った本筋のワークショップもコロナ禍の下ですが、積極的に集まってくださり、とても短時間なのに、濃密な話し合いの内容となりました。
(もちろん、社会実験のミーティングもワークショップもオンラインとリアルのハイブリッド!新しい経験や工夫を重ねさせていただきます。)
何か目標をもって、力を合わせて、コトを企画・実施していく!というのは、その場のもつ空気が変わる!ものだなぁと実感しました。
もともと公園に対する想いを持っているみなさんでしたが、社会実験をすることで公園をもっと愛してくれる人を増やしたい、活用してもらいたい。そのためには、どんなことを、誰に働きかけるとよいのか?をより具体的に考えることができました。
公園を中心にしてまちづくりをする、コミュニティをつくっていく、というのは、こういう具体的なことがあると大きな一歩が進みやすいのですね!
社会実験って、そんな意味もあるんだと体感することができました。
そのレポートは後日。お楽しみに。
*おまけ
オンラインとリアルの会議のハイブリッド。イメージ的には参加者がオンライン、ファシリテーターはリアルの場で!なのですが(というか、そのほうが進めやすい)
社会実験のミーティングでは、ファシリテーターがオンライン、リアル参加のほうが多いという…
当初は、結構たいへんでした。
「もう一度、言ってください」「聞こえませんでした」などと言っていたのですが、
集音マイクを使って聞こえやすくしたり
集音マイクには旗を立てて、こちらを向いて話してねをアピールしたり
オンライン参加者を増やしたり…
と、いろいろと工夫しています。
だんだんと双方とも慣れてきて、ハイブリッド会議でもストレスが減ってきました。
ファシリテーターとしても新しく楽しい経験をさせていただいています。
2021-02-14 | ブログ
スウェーデンの精神科医 アンデシュ・ハンセン著(久山葉子 訳)の『スマホ脳』を読みました。
(https://www.amazon.co.jp/スマホ脳-新潮新書-アンデシュ・ハンセン/dp/4106108828/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=カタカナ&dchild=1&keywords=スマホ脳&qid=1613291798&sr=8-1)
帯に、「スティーブ・ジョブズはわが子になぜiPadを触らせなかったのか?」と書かれておりまして…
とっても気になって入手したのですが、目の前にしばらく置いてあり、なかなか手に取れなかった本でした。
なにが、躊躇させたのでしょうか?
帯には、スマホの影響がずらっと列挙されていて、スマホ漬けになっている私の状況を否定されるのでは?
だとしたら、どうしたらいい?と困惑してしまうのでは?
スマホを忘れて外出すると、不安になってしまう今(テレワークが進んでいる状況では、外出の機会も減ってはいますが…)
さてさて、いかがなりますことか?と。
簡単な内容は
・技術の進化、特にICTの技術の進化の速度に人間の脳がついていっていないことが、現在のさまざまな悩みや精神的な病の遠因なのだということが書かれています。
例えば、うつ病が増えているのは?
狩猟で日々の糧を得ていた頃の名残がまだまだ身体に残っているそうで…
当時、ストレスを感じるのは身を守る手段。
周りには危険がいっぱいなので、脳が感情を使って、危険なことろへ出ていかないようにするというのがストレスと呼ばれるとのこと。
逃げるは〇〇…。でも役に立つですね!逃げてしまえば、とりあえずOK!
でも、その危険信号は強いけれど短期的なもの。
ところが、現代では強くはないけれど、ずっと長期にわたって危険がある。というのが特徴らしい。
人間の脳は長期のストレス用にまだ進化していないので、ストレスにさらされる状態が続き…
本能として逃げ続けることに…
こうやって、危険回避の行動が人類が生き抜いてきた知恵になるのだと。
なので、うつになるのはその人のせいではなく、脳が進化したとおりに動いていることが原因。
となると記されています。
そして、本題。スマホと脳の関係は?
脳はご褒美が大好き。
ご褒美として快楽物質であるドーパミンが分泌されて、うれしくなります。
麻薬を体内に入れるとドーパミンが分泌されるときいたことがあります。
ボランティアをしても勉強をしても、分泌されるとか…
ボランティアや勉強はまず、やることをやるという前提がないとなかなか得られませんが…
スマホと関係するのは…
facebookや tweeterなどで「いいね」がついたり、投稿があったとの通知がくると、「どんな投稿?」と気になってついつい手に取ってみてしまう…
この「いいね」や「通知」によって脳にドーパミンが分泌されるので、快楽を求めて見てしまう。
というループになってしまうそうです。
すると、スマホが気になって何かに集中するということができなくなっていく…
ふりかえってみると
お仕事中も(主に電話はスマホ)電話応対のためにスマホが隣においてあると、プッシュ通知が鳴ると「何なに?」と気になってしまう。
すると集中していたことをいったん止めて、スマホを見てしまう…
集中が途切れて、もう一度、続きに向かって進めるのに時間を要することがよくあります。
この頃、本を読むのになかなか集中できないなぁと感じていたのは、
私だけではだけではなかった…
仲間がたくさんいるようで、ちょっと安心しました。
と言っている場合ではないのですね!
そして、成長過程の子どもたちには、たいへんな影響が出てしまうそうです。
大人はまだスマホのない時代に学業をしてきたので、集中するというベースはできています(よね?)
子どもはこれから、体験して獲得していく過程にあるのに、いきなり気が散ってしまう環境に放り込まれてしまうという、とっても大変なことになっているのだそうです。
ただ、生まれたときからスマホがあれば、付き合い方も分かって大丈夫でしょう?
という見方があります。
これについても、著者は否定しています。
人間の脳の進化のスピードが追い付いていない!ので。
だから「スティーブ・ジョブズは、わが子にiPadを触らせなかった」のですね。
大人であっても、集中力が減退していると感じるのであれば、スマホは隣の部屋に置いたりして、デジタルデトックスを心掛けることも大切なのだと思いました。
スマホで目覚まし→目覚まし時計に戻す
スマホで時間を確認する→時計を見る
など、スマホに頼っていた機能を元に戻すことも対策だと記載してありました。
そして、何より、体を動かすことに大きな効果があるとのことです。
1日20分くらいで良く、ウォーキング程度でOK!(それ以上やっても効果は変わらないとのこと)
かる~く身体を動かすことを決意しました!
*生活環境を見直す視点の一つだと思いました。
2021-01-26 | ブログ
先日、篠島へ行ってきました。
http://www.shinojima-aichi.com
三河湾3離島というそうで、日間賀島、佐久島、そして篠島です。
日間賀島、佐久島は行ったことは何回も。
なのに、篠島は初めて!
地元私鉄の名鉄さんのツアーで行きました。
名鉄は乗り放題、定期船も乗れ、さらにカキ御膳がついて8900円。
行きたい!とチラシを見て、ずっと思っていたのです。
ついに
篠島へ!
なんと!「はやぶさ2号」です!
篠島の港に着くとすぐにある加藤清正公の石!
戦国大名で有名は「加藤清正」が普請したという名古屋城の石垣。この石垣の石材の一部がここ、篠島から切り出されていたとのことなのです。(良い石がとれたのですね)
篠島は神様に近い
伊勢神宮へ献上する鯛を乾燥(?)させる聖地(干鯛調整所)とか、
伊勢神宮のお社をいただいた神明神社とか(伊勢神宮の式年遷宮で出るお社をつくっていたご神木で建て直したお社。20年に1度建て直すのだとか)
こんな身近に伊勢神宮に近い場所(もう、聖地です!)があったとは…
そして、三河湾の恵み
日間賀島はタコやフグで有名。佐久島もフグやカキ…篠島はシラス。
でも、同じ三河湾に浮かんでいるので、フグもカキもタコも美味しいハズです。
お水の影響で生カキはいただけないようですが。
初めていただいたカキの天ぷら。とっても美味しいです。
シラス、これも美味でした。
漁業がこの地域を支えているようで、港にはたくさんの漁船が泊まっています。
(ワタセせいぞうの画のようです)
初めて訪れた「篠島」
日間賀島、佐久島とは、異なる趣でした。それぞれの島がこんなに距離が近いのにこんなに違う雰囲気なのか?と多様なくらしを感じました。
もう一度、ゆっくりと歩きたい島でした。
港に着くと、こんな鯛が出迎えてくれます。
きっと、お伊勢さんに献上する鯛を象徴しているのでは?
2021-01-14 | ブログ
以前、このブログでご紹介したものに
『未来への大分岐』マルクス・ガブリエル、マイケル・ハート、ポール・メイソン、斉藤幸平編 集英社新書
があります。
(https://www.amazon.co.jp/資本主義の終わりか、人間の終焉か-未来への大分岐-集英社新書-マルクス・ガブリエル/dp/408721088X/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=カタカナ&crid=35YF6G4CNS1BH&dchild=1&keywords=未来への大分岐&qid=1610605169&sprefix=未来への%2Caps%2C264&sr=8-1)
この編者というか対談の主、斉藤幸平先生(大阪市立大学准教授)が昨年2020年に出版されたご本をご紹介します。
(https://www.amazon.co.jp/人新世の「資本論」-集英社新書-斎藤-幸平/dp/4087211355/ref=sr_1_2?__mk_ja_JP=カタカナ&crid=35YF6G4CNS1BH&dchild=1&keywords=未来への大分岐&qid=1610605169&sprefix=未来への%2Caps%2C264&sr=8-2)
人新世というワードもこの頃、よく目にします。
人新世とは「ノーベル化学賞受賞者のドイツ人化学者パウル・クルッツェンによって考案された「人類の時代」という意味の新しい時代区分。人類が地球の生態系や気候に大きな影響を及ぼすようになった時代であり、現在である完新世の次の地質時代を表している。」(https://ideasforgood.jp/glossary/anthropocene/)
分かりづらいのですが、どうやら産業革命以降、人間が自然を破壊し気候変動を招いてきた時代は、もはや人類中心の時代であるというような意味かと思われます。
そして、読んだことはないけれど、タイトルはほとんどの人が知っている『資本論』。
ミックスすると、人類が破壊してきた自然のよって気候変動が起きている時代にマルクスの「資本論」を読み直すというような意味ではないかと思いました。
どんな内容なのか?
とっても深い内容なのですが、ざっとまとめて言うと、斉藤氏は、刊行されている「資本論」に加えて、マルクスが一生涯の中で書いた論文・本・記事・メモまで見直して、本当は何を考えていたのかを解明する世界的なプロジェクトに参加していらっしゃるとのこと。
そこから、新しいマルクスの思想を紐解いて、現在の世界をとらえ、人の鼓動を変容させるには、そもそも「資本主義」とは何か?お金の動きと人間の行動から問い直さなくてはならない。
そのために必要なものはどのようなものなのか?について書かれています。
今の気候変動もマルクスが見通していたとのことで、それは、資本主義の行きつく先なのだと言っています。
資本主義は欠乏がキーワードで、ある物質を手にしても、その時にはまた新しいものが世の中にあるため、せっかく手にしたにも関わらず満たされない。そして、また、次の新しいものを手に入れたくなり…と永遠に「欠乏感」があり(意図的に生み出し)、この欠乏感をもとに資本主義は発展してきた。というのです。
ということは、逆に「欠乏感」がない「満足感」「潤沢」があれば従来の資本主義からの脱却は可能となります。
そのためには、資本に独占されてきた資本(水や空気、土地、知識など、使用価値はあるが商業的な価値はなかったもの)を「コモン(市民の共有財産)」として、共同管理していくことが今後の社会にとって必要なことなのだと訴えています。
日本にも原型が
昔の入会地(いりあいち)は、周辺に住む人々のもので、気兼ねなく入会地にあるものを住民が使用し、管理していました。今でも「財産区」として近いコンセプトのものが残っている地域もあります。
この対象が、民営化がひたひたと押し寄せている「水」や「土地」「知識」などになり、その管理を市民が共同で行っていく。となると、「資本」が資本家から市民の手に数百年ぶりに戻ってくるということになります。
ますますファシリテーションが必要に!
この「共同管理」を行うには、話し合いがつきもの!です。
ここに話し合いを促進するファシリテーションがお役に立つ!と期待してしまいます。
(こう考えるのはファシリテーターのサガなのかもしれませんが)
お金のことも
もう一つ、気になるワードがありました。
お金のことです。
以前「地域通貨」について論文を書きました。
きっかけは大学院の授業で見たNHKの番組「エンデの遺言」でした。ミハエル・エンデの著作『モモ』という本に出てくる「時間泥棒」が資本主義の宿命なのかもしれないと考えていました。何でもお金に交換してしまう…。
(https://www.amazon.co.jp/モモ-岩波少年文庫-127-ミヒャエル・エンデ/dp/4001141272/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=カタカナ&dchild=1&keywords=モモ&qid=1610605775&sr=8-1)
モモのあらあらすじ
内容をかいつまむと、まちの広場で遊んでいたモモと子どもたち。ところが、急に子どもたちは隣町の塾に行くようになり、モモは一人ぼっちになってしまいます。子どもたちの家にいくとお父さんやお母さんは今まで言ったことがない「忙しい」「無断な時間」というようになっていました。
お父さん、お母さんたちに「時間泥棒」がささやきかけ、時間を奪っていってしまいました。
モモは時間泥棒から時間を取りもどそうと時間泥棒と戦い、見事、時間を人々にとりもどす。というものです。
この番組の中では世界を駆け巡るお金(資本)と生活するのに必要なお金(地域通貨)のことが語られています。
世界中を駆け巡るお金と生活の中にあるお金が同じものだから、問題が起こっているのではないかという問題提起でした。
確かに、実感としても、株式市場で動いているお金と自分の財布の中にあるお金が同じものと思うのはちょっと難しいです。
陰のお金と陽のお金
ちょっと古いのですが、ベルナルド・リエター『マネー崩壊 新しいコミュニティ通貨の誕生』という本の中では、お金を根本から見直すことで持続可能な豊かさを目指すことができるとしています。その前提として、お金には陰と陽の2種類あると書かれています。陰と陽があってバランスがとれるだと。(リエターは欧州共通通貨ユーロの誕生に深くかかわった人物です。)
陽は、法定通貨で世界中を駆け巡って投資の対象となるお金。これは持てば持つほど、もっと欲しくなる!(欠乏感を促進する)
陰は、補完通貨(地域通貨)で生活するための交換手段。生活に必要なだけあればいいというものです。ここには欠乏感ではなく、満足感があります。
地域通貨を取り入れている地域では、その運営も必要です。(今では、その運営をAIで行おうとしている通貨もあるようです。)
アプローチは異なっても、なんとなく、資本主義が引き起こしてきたものを是正しようということを思考しているのではないだろうか?と思いました。
ひとと人と人が心の豊かさをもって、満ち足りた生活をする。そのためのお金が見直される。そんな時がきたのでは?と思いました。