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渋沢栄一のまちづくり

2021-07-24 | ブログ

NHKの大河ドラマ「青天を衝け」を楽しみに見ています。
渋沢栄一と言えば、明治の大企業家。企業だけではなく、教育や福祉にも造詣の深い(というよりも、現代のベースとなるさまざまな仕組みを構築された)方ですよね。

大学院に通っているころに、まちづくりのパターンをいくつか学びました。
・ 明日の田園都市
・ 近隣住区論
・ 輝く都市

などなど…懐かしいです。

『明日の田園都市』

その中で、印象的だったのか『明日の田園都市』エベネザー・ハワード著 長素連訳 1968(SD新書)加島出版会でした。


1889年にハワードが提唱した、この田園都市構想。これを具現化したので有名なレッチワースのまち。
(https://www.jcca.or.jp/dobokuisan/world/northeurope/lech.html)
当時は、産業革命以降、工業化が急速に進み、都市の環境は劣悪になっていました。
ハワードのいたイギリスでは、労働者の働く環境だけでなく、暮らしの環境も狭くて衛生状態も良くないアパートが多く健康も維持がつらい状態でした。
一部のお金持ちは、都市を捨て、近郊の環境のよい地域へ避難する。都市の家では、自然を求めて、ガレに代表されるアールヌーボーと呼ばれる自然を自宅に取り入れていました。(このあたりは『都市の文化』より)

カエルとトンボ

(大一美術館にて)

ハワードが、農業と都市の融合に焦点をあて、都市と農地を分け、家から毎日自宅近くの農地へ鉄道を利用して通うことを提案しました。まちでは、自給自足や経済的・政治的な自治も行われるというものでした。

なぜ、レッチワースはステキであり続けたのか(2) - 小池一三 | 物語 郊外住宅の百年 | 住まいマガジン びお

(田園都市として有名なイギリス、レッチワースの区割り図 https://bionet.jp/2018/07/25/suburb-8/より)

この考えを日本で実現させようとしたのが、渋沢栄一だったのです。
東急 田園都市線(そう思ってみれば、そのものズバリな名称!)沿線です。
起源は「田園都市株式会社」でした。
(https://www.109sumai.com/development/history.html)

日本型田園都市として構想されたのでした。

西の小林、東の五島

この渋沢栄一とともに東急の前身である「田園都市株式会社」を立ち上げたメンバーに、小林一三や五島慶太がいました。

二人は、鉄道を基軸にしたまちづくり(都市開発)を行っていきました。
五島慶太は東急を、小林一三は阪急を立ち上げました。
小林一三は、沿線に娯楽施設を配置しました。それが、有名な宝塚歌劇団!
なんと「東宝」は東京宝塚から来ているのだとか…

Ichizo Kobayashi showa.jpg

(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9E%97%E4%B8%80%E4%B8%89より)

そして、今では当然のこととしてターミナル駅に併設されている駅ビル。当時は、阪急百貨店を初めて駅に造ったのです。
そこから、鉄道を中心にしてホテルや劇場などの観光開発がすすめられました。

今の日本のまちのカタチの基盤ができてきたんだなぁと思いながら、日曜を楽しみにしています。
ちょっと違う方向からの大河ドラマでした。

懐かしくて、つい…
思うままに書いてしまいました。

 

 

 


 

 


 
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