2014-03-20 | ブログ
先日、3月11日(火)で東日本大震災から丸3年経ちました。この日、NHKラジオ第一の番組「すっぴん!」8:05~12:00は福島県いわき市からの生中継でした。そのときに感じた「対話が人と人をくっつける」ことをお伝えします。
放送の概要
放送は、いわき市の菩提院からの生中継。ここにゲストが福島で農業をしている方や弁護士さん、高校生、東日本復興支援財団の専務理事…とたくさんの方々がご出演されました。
ご出演の中の半分以上の方々と面識があり、ミーハーな気持ちも手伝って、拝聴していました。その中でも、ご住職さま、弁護士さんは対話の会である「未来会議 in いわき」の事務局をしていらっしゃいます。
番組の後半にはゲスト全員が集まっての対談でした。この中で「対話」が必要とされていること、「対話が人と人をくっつけていること」を実感しました。
「対話」が必要とされている!
「未来会議 in いわき」のきっかけとなったのが、東日本復興支援財団が行った対話型の調査でした。この財団が復興のために必要なこと、被災者の方々が本当にしてほしいことは何だろうか?という問いにこたえるため、「芋煮対話会」と名付けてた対話での調査を被災各地で行いました。この集会はワールドカフェ方式で行われました。
そして、ルールはたった二つ。
・ 否定をしないこと
・ 本音で話すこと
だったそうです。この二つのルールがあることで、本音で話すことができたとそうです。そして、本音で話すことが(原発事故の被害を受けている)いわき市には必要だと気が付き、対話集会を行ってきたのだとか。
いわきで農業をしている方は、
「自分は安全な農作物をつくっているのに何でわかってくれないんだ!と思っていました。たまたま未来会議で、直接の消費者である女性が『安心だ安心だといわれても信用できない』との本音を聞き、もっと安全なことを理解してもらえるように発信しなくてはいけないのだなぁと気がついた」とおしゃってました。
弁護士の女性は、
「小さなお子様たちをいわき市で育てていていいのか?避難したほうがいいのでは?、自分のやっていることは芋のあることなのだろうか?といつも自問自答していました。未来会議でいろいろな立場の人と対話することで、いろいろな気づきがあり、揺れる心は変わらないけれど、これでいいんだと思うことができるようになってきた」とおっしゃっていました。
「対話」を続けることが、分断されたいわき市の人々を「くっつける」ことになっていることを痛感しました。本音で話し合うことはとても必要というよりも、渇望されているのではないかと思いました。昨年、いわき市で対話の場をファシリテートさせていただいたときにも感じました。
そして、「質の良い対話の場」で語ることが求められているとも。質の良い対話の場は、素質と訓練を積んだファシリテーターが必要なのです。
*『ダイアローグ』を書いたデビット・ボウムという人が、対話には分断された人たち、社会をくっつける力があると言っています。
対話の場をファシリテートする
ワールドカフェやOST(Open Space Technorogy)など、ホールシステム。アプローチといわれる対話を中心とした話し合いの進め方があります。これらは、おおよその進め方(プログラム)が知られています。
例えば、ワールドカフェなら
4~5人で一つのテーブルを囲み一つの問いに20分程度の対話→テーブルに一人を残して他のメンバーは他のテーブルに移動して20分程度の対話→同じことをもう1ラウンド→最後はハーベストと呼ばれる全体での共有タイム
と誰でもできそうなプログラムになっています。
ところが、実際に参加してみると、ファシリテーターによって参加者の満足度の差が大きいのです。これは、「問いかけ」とファシリテーターの丹力といいますか、包容力のようなものによるところが大きいからです。
この包容力のようなものが標準化できないか?とあれこれと分析していますが、なかなか答えは見つかりません。これが見つかり、再現できるようになれば、もっと質の良い対話の場が増え、社会が「くっつく」のです。
問いかけはなんとなく条件が見えてきました。包容力のほうは言葉にして標準化できるのはまだ先のような気がします。
これを解明していくこともソーシャル・アクティとして取り組んでまいります。解明できましたら、この場でご報告します。気長にお待ちください。